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名古屋地方裁判所 昭和49年(わ)343号 判決

主文

被告人を懲役三年に処する。

この裁判確定の日から三年間、右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、愛知県知多郡横須賀町で、父Hの二女として出生し、昭和二八年二月一八日、I(当時四五年)と結婚し、以来、肩書住居地において、農業に従事し、同人との間に長女A(当時一八年)、長男B(当時一五年)の二子をもうけていたものであるが、昭和四八年四月ころ、胎動を感じ、姙娠したことに気づいたが、四〇歳をすぎて姙娠したことが世間に知れれば恥ずかしいので、生んで育てるか、始末してしまうか思い迷い、医者の診断も受けず、出産の準備も満足にしないままでいたところ、同年六月二六日朝から寒気がして、身体の調子が悪く、自宅母屋の四畳半の間で布団にはいって休んでいたが、午前一一時ころから下腹が痛み出し、同日午後三時ころ、産気づくや、別棟の物置小屋に赴き、同所において、男児(後にCと命名)を分娩し、同児の処置に窮して、同児を殺害することを決意し、同所付近にあった縦六〇センチメートル位、横四〇センチメートル位の青色ビニール袋を風呂敷のように用いて、同児を包み込み、よって、そのころ、分娩時の排泄物などの吸引により、同児を窒息死するに至らしめて殺害したものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法第一九九条に該当するので、所定刑中有期懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で、被告人を懲役三年に処し、情状により、同法第二五条第一項を適用して、この裁判確定の日から三年間、右刑の執行を猶予することとし、なお、訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して、その全部を被告人に負担させることとする。

(弁護人らの主張に対する判断)

弁護人らは、被告人は本件犯行当時、分娩直後の疲労と苦痛のため、心神喪失の状態にあったと主張するが、前記各証拠によれば、被告人は、当時、分娩直後で、通常の精神状態になかったことはうかがわれるけれども、本件犯行の直前、直後の状況について、相当詳細に記憶し、かつ、供述していること、および、周囲の状況を明確に認識して行動していることが認められ、被告人は、本件犯行当時、是非善悪を弁識し、それにしたがって行動する能力に欠け、または、右能力に著しい障害のある状態にはなかったことが認められるので、弁護人らの右主張は、これを採用することができない。

なお、弁護人らは、被告人の検察官に対する供述調書二通中、検察官山地真道のみの署名があるもの(以下、第一回供述調書と略称する)は、司法修習生が被告人を取り調べて、録取したもので、刑事訴訟法第一九八条に違反して収集された証拠であるから、証拠とはなしえず、また、他の一通(ただし、右検察官と立会検察事務官両者の署名があるもの、以下、第二回供述調書と略称する)も、右第一回供述調書の作成後、同一の日に引き続き被告人を取り調べて、録取されたもので、第一回供述調書の補充調書であるから、第一回供述調書が証拠となしえない以上、独立して証拠とすることはできないと主張するが、第七回公判調書中、証人山地真道の供述記載部分によれば、右第一回供述調書は、名古屋地方検察庁において実務修習をしていた司法修習生宮沢由美が被告人の取調べに関与し、同人が直接被告人に発問して、その供述を録取したものであることが認められるけれども、当時同検察庁の司法修習生指導係検察官であった山地真道が、右修習生の検察実務修習のために、同修習生にあらかじめ事件の説明をして、右検察官指導のもとに、被告人の取り調べに当たらせたものであり、被告人に対する取り調べのための呼出しは、右検察官においてなし、右修習生が被告人に発問するに先立って、同検察官が被告人に対し、司法修習生の身分を説明したうえ、司法修習生が発問することを告げ、被告人から承諾を得ていること、同検察官が被告人に対し、右修習生の発問の前に、供述拒否権の告知をなし、同修習生が被告人に対し発問をしているときは、おおむね右検察官が同室していたこと、右修習生が録取した被告人の供述調書の内容を、右検察官が被告人に続み聞かせ、誤りのないことを確めたうえ、同調書にその作成者として署名押印していることが認められ、以上認定の事実関係からすれば、被告人に直接発問し、その供述を録取したのは、右修習生であったとしても、被告人の前記第一回供述調書は、右検察官自身が被告人を取り調べ、その供述を録取して作成したものとすることができ、弁護人らの主張するような刑事訴訟法第一九八条に違反した供述調書とはとうてい考えられず、そうであるならば、前記第二回供述調書についての弁護人らの主張は、その前提を欠き、当たらないというほかなく、結局、弁護人らの右主張は、いずれもこれを採用することができない。

以上の理由により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田誠吾 裁判官 土川孝二 裁判官岡村稔は、転補につき、署名押印をすることができない。裁判長裁判官 吉田誠吾)

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